砂圭、神永前提の神→←圭。
どうしてこんな事になったんだっけ?
って、こっちが聞きたくなるようなパラレルもの

誰のせいでもない

どうしてこんな事になったんだっけ?

俺が工兄の通ってる私立小学校じゃなく、地元の公立小学校に通うことにしたのは。
入学する少し前、俺は昼間に屋敷をこっそり抜け出して、迷子になった事があった。
そんな時に出会い、迷子の俺を家まで送ってくれたのがあんじ、神原安治だったんだ。
道を覚えた俺は安治と遊ぶようになって、すっかり仲が良くなって。
それで両親に頼み込んだ。
安治と一緒の小学校に行きたいってな。 

入学してから出会ったのがなぎと。砂谷和仁だった。
俺はこの通り男っぽい性格をしているから、男子の友達が多かった。
女子からは、いじめてくる男子から守ってくれる存在として頼られていた。
そんな中でも安治と和仁は特に仲のいい、親友と呼べる仲だったと思う。


小中一貫の工兄の学校とは違うから、中学も地元の中学に通うことにした。
勿論、安治も和仁も一緒だ。
中学に入ると何もかもがガラッと変わって、男女別の授業なんかも増えてくる。
小学生の時も、だれそれちゃんがだれそれくんを好きだ嫌いだの話はあったが、
中学生になると妙にそれも現実味を帯び始めて。
何処となく、異性を意識してしまう場面も少なくなかったように思う。
それでも俺は、ずっと仲の良かった安治や和仁と行動する事が多かった。
同じ部活の白上かえで先輩も、中学に入ってから知り合ったにも関わらず、
男子である九十九白先輩、万白魁先輩と友達としてずっと仲良くしているらしく。
似ているねー、などと仰っていたものだ。
しかしどうも、俺達は似て非なる関係だったらしい。
白上先輩は異性だと分かっていても気にしなければ変に意識する事は無いのだと仰っていた。
しかし俺にはそれが出来なかった。

和仁は、俺達の中でも際立って明るい性格から、交友関係が広く女子からの人気も高い。
俺達と行動を共にする事が次第に少なくなり、自ずと俺は安治と二人で居ることが多くなった。
話題こそ奇跡的なまでに絶える事なく、一緒に居て純粋に楽しかったが、周りはそんな俺達を見逃さない。
三人組で小学生の延長ならまだしも、男女が二人で居るのは普通じゃない、と。
あの頃の俺達は、特に自分とは違うものを目敏く見つけては物申さずにはいられない年頃だったのだ。
それを間に受けた俺は、徐々に安治を異性として意識するようになってしまった。
小学生の頃は俺の方が背が高いくらいだったのに、あっという間に抜かされた身長。
どんなに俺の声質が低くても、及ぶはずがない低くなった声。
例を挙げればキリがない。
不眠の気があった安治の、目の下のクマすらあの頃は意識してしまったものだ。
そばにいるだけで心臓は高鳴り、声は上ずり、顔が赤くなる。
気付くのが多少遅かったのかもしれないが、初めての恋だった。
初恋は後になれば大事にしたい思い出に変わる。
しかしその時の俺は初恋に焦り過ぎていた。
囃されるままに、乗せられるままに、固く閉じられた蕾をこじ開けようとしてしまった。

──圭ちゃんとは、友達のままがいいな。

その一言で俺の初恋は時を止める。


高校では漸く工兄と合流する事ができた。
と言っても一年間だけだが。
今度こそ示し合わせた訳でもないのに、其処には神原と砂谷も居た。
一年の時のクラスが三年間持ち上がりで、奇しくも三人は同じクラスになった。
一年上には白上先輩、九十九先輩、万白先輩もいらっしゃった。
白上先輩とはまた同じ部活だ。
先輩三人も同じクラスで、相変わらず浮いた話もなく仲が良いらしい。
俺達三人はクラスメイトでは、万白先輩と同じ部活の迫みかるや、
工兄の彼女の朽縄鏡さんと同じ部活の本城平承、
砂谷と同じ委員会の杜山永寿と特に仲が良くなった。
三人とも同じ中学だったらしい。
みかるは異性間だろうが同性同士だろうが、恋愛の話が大好きで、
小学校から一緒だった俺達三人に関しても探りを入れてくる。
その問いかけには純粋な愛らしさがあって本人は悪いやつじゃ無いんだが、
その事にだけはあまり触れられたくなくて、その話題になると顔が強張るのが自分でも分かった。
本城は、普段はぼんやり眠そうにしている割には、
俺の表情から察して追及するのをみかるにやめるように言ってくれたりして、俺の事をよく理解してくれていた。
永寿はいつもオドオドしていて、高校生にもなって事あるごとによく泣いていたが、
根はしっかりしていてやる時はやる奴だと思う。
何だかんだ言って見た目は可愛くても妄想に耽りがちなみかるより、永寿の方が有り体な女の子っぽさがあった。
自信なさげに背中を丸め、きょろきょろと周りの目を気にする姿はさながら小動物のようで、
一応同性の俺でも守ってやりたくなるような可愛らしさが永寿にはあった。
きっと、そんな所に惹かれたんだろうなと今になっても確信出来る。

交友関係も一通り落ち着いたのか、中学の頃より砂谷が一緒にいる場面が目に見えて増えた。
俺達から直接聞かなくとも、
数多くの友人から聞かされたらしい俺の失恋を埋めるようとするかのように、砂谷は特に俺にべったりだった。
言葉の安売りのせいで冗談のように聞こえる砂谷の告白を受け流しながら、
俺は神原の願い通り友達のままでいられるように、距離感を考える日々。
最初はぎくしゃくしながらも、段々以前のように笑いあえるようになり、
加わったメンツの所為かお陰かうるさくて賑やかな日常が流れて行った。
文化祭ではみかるが悲劇のヒロイン、何故か俺が相手役の創作人魚姫をやったりなんかして、
今までに輪をかけて充実していた様に思う。
何だかんだ言って俺の交際に両親以上に鋭く目を光らせていた工兄が卒業したのを見計らってか、
砂谷が進級前に真面目に告白してきた。
俺は迷った挙句、中途半端な気持ちで付き合って砂谷を傷付けたくないという理由で一度それを断った。
神原の事が残っていた訳では無いんだが、まともに付き合った事も無く、砂谷への気持ちも分からず不安だったんだ。
……結局、砂谷の為なんかじゃなくて、自分が傷付きたくなかっただけだったんだと思う。
そういえばみかるが、工兄とみかるのお兄さんの迫銕先輩と同級生で、
九十九白先輩のお兄さんの九十九肇先輩に告白しようとして、逆告白されたのもこの頃だったな。
高校に入ってからずっと憧れで、
俺や銕先輩と同じ部活なのをいい事に度々接触を図っていた先輩と付き合う事になって。
お似合いだとは思ってたけど、まさか本当に結婚するとは正直思ってなかった。本当に良かった。


進級してからも砂谷は、何事もなかったかの様に今まで通りの接し方をしてくれた。
俺とは違って器用なものだ。
寧ろおかしくなっていったのは神原の方だった。
俺の一挙手一投足に一々反応してきて、
その頃はもう神原に対して悪態もつけるようになっていたので適当にあしらっていたんだ。
みかるも嬉々としていたが、本城がいつもよりくっきりと険しい表情になって、
恋だな……、と呟いたその時は噴き出さずにはいられなかった。
笑い事などではなく対象は俺なのだが。
あの時止まった時間は、急に再び流れ出す。
しかしタイミングが悪い事に、永寿が神原に想いを寄せているという胸の内を俺に打ち明けてきたんだ。
幼い時から一緒に居る俺なら、神原の事もよく分かるだろう、という純粋で真っ直ぐな気持ちからだ。
消極的な永寿の性格からして、俺に相談するのもやっとだったのだろう。
俺は永寿のそんな気持ちを挫きたくはなかった。
それに事を荒立ててドロドロに渦巻かせるのは中学生のやる事だと妙に大人ぶっていた。
自分の芽生え始めた気持ちに蓋をして、神原をあからさまに避けるようになった。
俺の提案を渋々呑んだみかると本城の協力もあって、永寿と神原が自ずと二人になれるように仕向けた。
それがどれだけ神原を傷付けていたかなんて、少なくとも俺には全く気付く事が出来なかった。
一度だけ、修学旅行の時に班とはぐれて神原と二人きりになった事がある。

──圭ちゃんは、僕の事が嫌いなの……?

弱々しい口調で問われ、それは違うと強く返したかった。
それでも俺は、心を鬼にする事が自分達にとって最善なのだと信じてしまっていた。

──嫌いじゃないけど、好きでもない。

曖昧な言葉ほど、鋭く抉る凶器となった事だろう。
必要以上に勘繰るきらいのある神原ならばその言葉だけで諦めるのには充分だっただろう。

その日を境に、また何処と無くぎくしゃくした空気が漂い始める。
居た堪れない雰囲気に俺は砂谷に逃げ、何事も無く優しくしてくれる砂谷に甘えた。辛かった。
それでも徐々に痛みは消えて、……麻痺して分からなくなったと言う方が正しいか。
砂谷と一緒に居ると楽しくて。
いや、砂谷が居ないと寂しくて。
出来ればずっと、そばにいて欲しいんだと願えば、砂谷はいつもの笑顔で俺を受け入れてくれた。
工兄も砂谷の事はよく知っていたし、最初は渋々といった様子だったが、俺達の交際を認めてくれたっけ。
本当、両親以上に意外と心配性なんだからよ。
工兄も大学を卒業したら晴れて鏡先輩と結婚する事が決まって、重ねて嬉しかったんだろうな。
永寿の方は、年が明ける前に勇気を振り絞って神原に告白をしていた。
受験が近いのもあって本腰を入れて付き合う事は出来ないとは言われたそうだが、
二人の志望する学部が揃った大学を一緒に目指す事になり、永寿が喜んでいた姿を思い出す。
それはつまり大学に入ってからも一緒に居ようという事で、
俺が砂谷と居ると落ち着くように、神原も永寿の隣は居心地が良かったんだと思う。


狙った訳ではないけれど、私の大学には神原も永寿も居なかった。
みかると和仁が別の学部で、本城は学部もキャンパスも違ったが
四人とたまに神原・永寿の二人が混じった六人でつるむ事は少なくなかった。
中学高校と部活に打ち込んできた私は、またも同じ大学になった白上先輩に誘われるがままに同じサークルに入りながら、
諸々の交際費だけはバイトで稼ぎ、高校生の時に見つけたやりたい分野の勉強に勤しむ毎日。
一番変わったことと言えば、同じゼミになった友人に、
一人称を「俺」から「私」にしておいた方がいいと指摘されて、粗野な言葉遣いをある程度治した事か。
勿論今までだって目上の人の前では「私」と言っていたし、敬語には自信があった。
それでも普段の言葉遣いから心掛けるだけで、周りからの印象がグッと変わったように思える。
例の高校時代の友人やサークル、ゼミの仲間としか濃厚な付き合いはなく、
高校時代のような派手な楽しさとは違った穏やかな生活を送っていた。
途中で工兄と鏡さんの結婚披露宴が執り行われたり、私達の親戚の中でも悪名高かった豚骨ババア……
じゃなくておばさんが亡くなったりと、冠婚葬祭に参列する機会が多くて。
特に前者に関しては和仁を含めた例の五人も招待して、賑やかな祝いになった事と思う。

私が夢だった職業に就いたと思ったら、
みかるは工兄達に触発されたのか知らないが卒業したら九十九肇先輩と結婚するのだというし、
唯一浮いた話のない本城以外は、それとなく結婚という言葉を意識せざるを得なくなったんだろう。
私は神原に呼び出され、勿論和仁にはちゃんと言ってから二人で飲みに行く事になった。
思えば二人きりになったのは修学旅行の時以来、
遊びに行くとなると中学生の時以来で、小恥ずかしさもあったが懐かしさが先行した。
最初はお互いの結婚について……
というより神原のプロポーズについての相談が主だったのだが、
何処で話が逸れたのか、私達の思い出話へと主題が移って行った。

初めて私と会った時は変わった子だなと思った事。
でも何処か放っておけなくて、憎めなくて、また会いたいと思った事。
その時から、今思えば私のことがずっと好きだったのだという事。
雲行きが怪しくなった時点でその話は止めるべきだった。
私は硬直して、何も言い返せない。
辛うじて、では何故中学生の時私の告白を断ったのかと聞く。
すると、あの頃は人を好きになるという事が分からなかったのだと答えた。
周りの目が、言葉が気になって、未知の世界に踏み込む事が怖かったのだと。
気付いた時には和仁の目が私に向いているのが分かり、身を引こうと思ったが諦めきれず。
しかしその時から私は永寿を応援する為に神原の事を必要以上に避けていた。
嫌われているとは感じていたらしいが、修学旅行でのやり取りでそれは確信に変わり、漸く諦めようと思ったのだという。
それからは概ね私と同じだった。
永寿という目の前の優しさに触れるうちに彼女に惹かれ、痛みを忘れてこうして前に進もうとした時にこれだ。
パズルのピースを埋めるように、過去の行き違いの真意が明らかになり、二度と戻らない美しい過去が完成する。

どうしてこんな事になったんだっけ? 
私の式は一週間後なんだ。