教室には、既に書類を提出し終えたであろう生徒たちも何人か集まって談笑していた。 中学時代からの友人だったのであろう、隊も示し合わせて同じにしたに違いない。 同じ学校に通うことになった地元の友人と、何の打ち合わせもしていなかった安治。 彼は出来上がった空気感にクラスでも溶け込めるかどうか、少し不安になった。 ペンを走らせながら、彼らの会話の聞こえる部分に耳を澄ます。 いつ死ぬか分からない状況、中学時代とは異なる環境に戸惑い、 不安を抱いている者が少なくない事を安治は知った。 中学時代も軍に入る準備段階として、戦闘訓練や自身の技能を高める選択授業があったが、 実戦に立つのは初めての者が殆どである。 こんな時代でなければ、自分達はどんな青春時代を送ることになったのだろうか。 「安ちゃん聞こえたぜ、朽縄部隊庶務部だって? ボクも朽縄部隊の情報部なんだ。これからも宜しくな!」 「なぎちゃん同隊かぁ、ちょっぴり安心した、かも」 教室を出る時に、偶々同じ隊に入った小・中学時代の友人である砂谷和仁(さごたになぎと)に遭遇した安治は、 書類を提出し終えた後、再び教室に戻った。 先程は教室に居なかった女子生徒の群れが、教室の隅で一人の女子生徒を囲んでいる。 人数の多い方がやたら露出度の高く派手な洋服を身につけているのに対し、 囲まれている女子生徒は、クラシカルで上品なワンピースを着ていた。 緩やかにウェーブした栗色の髪は、ピンクのリボンの付いたヘアゴムで低い位置の二つ結び。 円らできらきらとした紅色の瞳は、不穏な空気で囲まれているにも関わらず堂々としている。 中学時代から、浮いた言動と何らかの容姿の問題で、 その「みかる」と呼ばれている女子生徒を虐め、時に無視をも決め込んだにも関わらず、 全くへこたれない姿が群れた女子生徒達の癪に障るらしい。 この度も、憂さ晴らしの対象とする為に同隊に入隊するように命じられたが、 今度は彼女がそれを無視して別の隊に入隊した為、それを問い詰めている様子であった。 「やだなぁ、自分を虐めるような人と同じ隊に入ろうだなんて、私そんなにマゾヒストじゃないですよう。 それに、お兄ちゃんが所属しているのは朽縄部隊なのではないかと、私の勘が騒ぐんです。 結果的に貴方たちとは違う隊になれて、本当に嬉しいです!」 みかるはそう言い放って、至極幸せそうな愛らしい笑顔を浮かべた。 女子生徒達のお気に召さない容姿の問題点が、見える範囲では全く見つからない、と安治は思う。 寧ろ一般的に見ても可愛いの部類に入るだろうと。 その点に関しては和仁も同意見のようだ。 女子の中でも少し小柄ではあるものの、それもまた可愛らしさを引き立てていた。 そんな彼女の正直すぎる物言いに、 安治を含め周囲で聞き耳を立てていた生徒達全員が、はらはらと無駄に緊張させられる。 安治から見える範囲内での女子生徒達の顔も引きつっているのが分かった。 彼女達の中で一番背が高く力が強そうな、所謂リーダー格であろう女子生徒が、 罵詈雑言を吐きながらみかるに手を上げる勢いであるという事も。 その流れをちらちらと傍観しつつも、何もせずにその場で友人との会話を続けていると、 先程見かけた圭という少年が教室に入ってきた。 お構いなしに捲し立て、尚も反論を続けるみかるについにリーダー格の女子生徒が腕を振り上げる。 しかし、その腕は振り下ろされる事はなかった。 流石に怯んで、肩を竦めながら目を閉じていたみかるは、不思議そうに恐々と目を開ける。 圭が強い力で女子生徒の手首を掴み、威圧感のある目で睨み付けていたのである。 「初日から空気を悪くするつもりか? もうじき入隊式と入学式が始まる。 書類を書き終えたのなら此処ではなく待機場所に行け。くれぐれも五月蝿くするな」 背の高さこそ同じくらいであるが、整った顔立ちをした少年に淡々と言われては、女子生徒達も何も言い返せない。 リーダー格の女子生徒は怒りと恥ずかしさの入り混じった、紅潮した顔でさっと圭の手を振りほどくと、 気まずそうに踵を返して教室を後にしていった。 他の囲んでいた女子生徒達も、慌てて彼女について行く。 圭は呆れた様子で息を吐くと、更に安治達を見渡して早く待機場所に行くように言った。 一人取り残されたみかるが、持ち前の明るさで話しかけようとするのを軽くあしらって、圭自身もすぐに教室を出て行く。 一連の流れを見ていた安治と和仁は顔を見合わせた。 和仁は口元を緩ませながら唸る。 「さっすが、入学前から部隊長に期待を寄せられてるだけあるなあ」 「入学前から?」 和仁曰く、圭は中学生の頃から新三年生の兄に付いて、実戦を既に何度も経験しているという。 そして和仁自身は、中学時代からそのような情報の数々を集める事に長けていた。 安治のように、適性検査では別の戦闘分野の適性も高かっただろうが、 それでも情報部の適性が一番高かったものと思われる。 情報部の仕事は、普段の戦闘にも参加しつつ情報収集を行い、 自ら通信で仲間の戦闘部に伝えたり、司令部に作戦を練ってもらうために伝えたりすることである。 庶務部よりも断然戦闘の機会が多い。 また、ひたすら戦うだけの一般戦闘部や、先回りして奇襲を仕掛ける暗殺部などとは異なり、 先述の仕事をこなしながらも積極的に戦闘に参加しなければいけない。 庶務部とはまた違った意味で厳しい情報部であるが、和仁なら乗り越えられるかもしれない、と安治は感じていた。 圭に言われた通り待機場所に向かおうと、安治と和仁が教室を出る。 先程の女子の群れが、みかるとは違う一人の女子生徒を囲んでいた。 女子の平均的な身長より少し背が高く、ひょろっとした少女だ。 背中まで伸びた長く美しい金髪の下部をゴムで縛っており、たれ気味な紫の瞳はおどおどと泳いでいる。 右目の下には泣き黒子もあって、偏見にも近いが臆病で泣き虫そうな印象を安治と和仁は感じた。 実際、そのような挙動なのである。 どうも、女子生徒達に永寿と呼ばれた少女は諜報部で、 先程のみかるという少女の動向を追う為に、朽縄部隊に変更するよう、半ば強制的に迫られていた。 彼女を囲む女子生徒達は、先程とは異なる明るく柔らかい雰囲気を漂わせつつも、 有無を言わせぬ空気感を作り出している。 「そ、それってわたし、一人でってこと……?」 永寿は震える声で恐る恐る問い掛ける。 女子生徒達は残酷なまでに明るい口調で、 部隊を変えるのは当然、 諜報部は貴方しかいない、 他の部は殆ど埋まっているから他の人は部隊を変えられない…… などと並べ立てて、永寿の気分を何とか盛り上げようとした。 普段沢山は言わないであろう永寿への賛辞をこれでもかと列挙され、彼女自身も少し嬉しそうにしている。 まんまと乗せられた哀れな少女が再入隊に同意すると、女子生徒達は皆口々に賞賛の叫び声を上げた。 そんな雰囲気に気圧されたのか、永寿は肩を竦める。 「じゃ、じゃあわたし、変更手続きしてくるね……」 遠慮がちにそう言って集団から離れると、永寿はがくっと肩を落としてため息をついた。 俯きがちの顔を何とか上げて、半ば諦めた表情で受付に向かう。 彼女は震える声で、教師に杜山永寿(もりやまえいじゅ)と名乗った。 それらを眺めていた和仁は、不機嫌そうな様子で唇を尖らせる。 「……流石に酷いんじゃないかな」 「女の子って、怖いねぇ」 安治も呑気に同意する。 しかし二人の中で、永寿が朽縄部隊に入隊する事はさして問題ないだろうという事で意見が一致した。 ややあって、校内放送が入学式・入隊式の開始十分前を告げる。 安治と和仁は慌てて指定された待機場所に向かった。 担任であろう教師に人数を確認された後、部隊ごとに講堂に案内される。 特に順番は決まっていないらしく、安治は和仁と隣のままで移動した。 そこには何故か、同隊であるはずの圭の姿は無かった。 安治は内心不思議に思ったが、誰も気にしていない様子であった為平静を装う。 すぐに彼の疑問は解決する事となった。 入学式が進行していき、新入生代表挨拶の際に、その代表として圭が壇上に姿を現したのである。 真新しい白のブレザーとズボンに身を包み、美しい動作で頭を下げる圭。 隣同士で安治と和仁はあっと小さく声を上げた。 圭が読み上げた文章は以下の通りである。 ──僕たちはこれから、軍人の方々と同列に扱われる白軍の学生として、 ──勉学に励みつつ、この戦争を戦い抜かなければなりません。 ──この三年間で、軍人の才を更に高める者、指導者である教師の芽を出す者。 ──あるいは、学びを通して戦争とは関係の無い道を拓く者。 ──そして、その中途段階、志半ばにして命を落とす者がいます。 ──そのいずれも、白軍の未来の礎となるには相応しいのではないでしょうか。 ──生き延びる命も、失われる命も、戦い抜いたのであればどれも尊く、輝かしいものだと、僕は考えます。 ──先輩方に倣った道のもと、脈々と続いてきた歴史の一部。 ──その一部に、僕たちも貢献できる事を誇りに感じながら、これから始まる学校生活を展開していきたいと思います。 「新入生代表、朽縄部隊一般戦闘部一年、鈴虫圭(すずむしけい)」 圭が名乗りあげた事によって、安治は漸く圭のフルネームを知る事となった。 その後も入学式と入隊式は恙無く進行し、新入生達は自分達のクラスの教室へと案内される。 1クラス42人、一列6人の七列机と椅子が置かれており、五十音順に席が割り振られていた。 安治が席に着くと、左斜め前に圭が、更にその一つ前に和仁、またその列の一番前でみかるが席についているのが見える。 無性に可笑しくなって、安治は振り向いた和仁と顔を合わせて小さく笑いあった。 今日は担任から諸注意と明日からの授業についての簡単な説明を受けただけで教室では解散となり、 次は男女分かれてそれぞれの寮に案内される。 男子寮は人数が多いらしく、二段ベッドとデスクが二つ置かれているだけの二人部屋であった。 安治は日野というクラスメートと同室である。 ベッドは下段が良いと言われ、安治は大人しく上段にした。 その代わり、荷物置き場ともなるデスクは入り口に近い方を安治が選んだ。 日野は一般戦闘部らしく、夜中も仕事をするかもしれない安治は図書室で仕事をしようと思ったからである。 結局安治は、荷物の整理をし終えた後日野との会話もそこそこに、 和仁の部屋を探して訪問し、和仁が寝るまで一日中其処に居たのであった。 明日から新しい生活が始まる。 それでも、自分が変わるわけではないのである。