全てを見透かされているような気がして、鈴虫圭は思わず後退りした。 話があると呼び出したのは自分の方だったと思いながらも、いざ面と向かうと距離を取らなければいけないという強迫観念にかられる。 目を見開きたじろぐ彼女の姿を目の前にしてもなお、金襖子瓜南多の目は細められたまま、口元は笑みを湛えているままで何を考えているのか読むことができない。 乾いた唇を舐めた後、カラカラに渇いてもたつく口をこじ開けて、圭は瓜南多に恐る恐る問い掛けた。 「金襖子……お前は何処まで知ってるんだ」 その問い掛けに瓜南多は眉を顰めて小首を傾げる。 圭は答えを知りたいような、知りたくないようなもどかしい感情から、瓜南多の動作ひとつひとつが酷くゆっくりなものに感じられる。 逸る気持ちを抑えながら、固唾を呑んで彼の言葉を待った。 しかし瓜南多は、またも圭にとってはゆっくり過ぎる動作で両腕を目いっぱい広げて、態とらしい笑い声を上げる。 「さあねぇ、ぼくの知り得る限りは全部だけど、何処までかと聞かれると困っちゃうなぁ」 「……言ってみろ。お前の知り得る限り全部を」 彼女の返しには少し驚いた素振りを見せた瓜南多であったが、すぐにまた口角を上げると、圭に関して知っている事項を淡々と淀みなく述べ始めた。 ゆっくりだった時間が、ぐるぐると脳に駆け巡り羅列されていく言葉たちによって、いきなり速度を上げたように圭は感じる。 彼の語る言葉は全て事実だった。 鈴虫家は代々政府の軍事高官の家で、ぼくん家と並び立つ程の権力を有する家柄だったんだよねぇ。 でも、事実上最後の当主となったきみ達のご両親が暗殺され、地位も財産も、遺されたきみ達以外の親戚の家や分家に吸い取られていったんだってね。 その時に、きみのお兄さん、工サンと、所謂成金商家だった朽縄家の長女・鏡サンの許婚の契約も一旦白紙に戻された、と。 きみ達は、一番近しい親戚であった伯母の家に引き取られたんだけど、何もかもを抑圧される環境に耐えきれず逃亡、子ども二人きりの貧民街暮らしとなる。 工サンの身を削る働きが功を奏し、貧しいながらも最低限以上の生活を送ることの出来ていたんでしょ? よく頑張ったよねぇ?。 その頃から、貧民街での自衛の為にきみは少年の格好で過ごすことになる。 元々工サンの影響で寧ろ所謂「女性らしく」する事の苦手だったきみはすぐに順応し、小学校も工サンがあらゆる手を使って頼み込んだ結果男子児童として通い通した程だったんだってねぇ。 そしてある時、そんなきみ達にも転機が訪れるんだ。 そう、朽縄家が二人を捜し当てて保護したんだよ。 工サンはこれを好機と捉え、かつて許婚であった鏡と再び結婚する事で鈴虫家再興に繋がると考えた。 でもぼくも関わった例の事件で、精神状態が悪くなり部分的な男性恐怖症となった鏡サンは、工サンではなく、少年のように振る舞いつつも身体的には女性である妹のきみに目を付けたんだ。 その後はぼく以外にもきみと親しい人物達ならよく知っている通り、現在三年生が卒業するまで鏡サンの「寵愛」をきみが受け続けられれば、めでたく工サンの望みは叶えられる事になるだろうね。 きみは工サンの踏み台となる事を自ら望んだのさ。 かつてきみが工サンの犠牲の元に生きていたようにねぇ。 素敵な兄妹愛だよね?。 ぼく、ひとりっ子だから分かんないや。 そこまで一度も詰まる事なく語り終えた瓜南多は一呼吸置く。 一言も口を挟まず黙って聞いていた圭の反応をたっぷり時間を掛けて待った。 それでも何も言わない彼女に、彼は優しく、かつ哀れみを込めて微笑みかける。 「『それ』が終わったら、きみは一体どうなっちゃうんだろうね」 まるで工の踏み台となることだけが彼女の存在意義であるかのように、瓜南多は眉をハの字に下げて悲しんでみせた。 圭は派手な色のパーカーの裾を両手で握り締め、無言で彼を睨め付ける。 体を震わせながらも、その口元には笑みを浮かべていた。 本当にこいつは「いい性格」してやがる、と内心怒りに燃えながら。 「先の事が分かってもつまらないだろ。お前は、お前達は、先の事まで読めた方がいいんだろうけど。 俺はそれらに委ねようと思う」 「へえ、じゃあ本当に先の事を考えないといけなくなったら?」 「その時にまた考える」 答えながら、話は終わったとでも言いたげに圭は瓜南多に背を向け歩き始める。 瓜南多もまた首にかけていた緑の地に赤い目をしたフロッグアイズヘッドホンを耳に当てがいながら、静かに呟いた。 「ぼく達が、きみの存在意義にはなれないの、かな」 圭は歩みを止めて、振り返る。 「それなら一人で構わない。 誰かのために……それも他人のために存在するなんて、まっぴら御免だ」 悪戯っぽくあかんべえをしてみせる彼女に、瓜南多はつれないなぁ、という意を込めて肩を竦めてみせた。